【第118回】学校・職場等での「金融経済教育」を巡り浮上する課題とその対応 ②
FOR FINANCIAL WELL-BEING

本格的な「金融経済教育」を継続実施できるような「仕組み」作り

2023.08.23

本格的な「金融経済教育」を継続実施できるような「仕組み」作り

国家戦略としての「金融経済教育」を担えるよう、大学も含めた計画的な人材育成

 本格的な「金融経済教育」の継続実施を支えるためには、前回コラムでご説明したような「ライフプランに応じたマネープラン」(いわゆる「個人版年金ALM」)や「ファイナンシャル ウェルビーイング(FINANCIAL WELL-BEING)」等を専門的に研究する「パーソナルファイナンス学科」を主要大学の経済学部・経営学部等に設置していく必要があると考えています。また、このようにして得られるパーソナルファイナンスに関わる知見を適切に学習指導要領に反映させ、教育現場で教えていける人材の計画的な育成に資するように、主要大学の教育学部には「金融経済教育学科」を設置していくことも必要になります。このような仕組みが整えば、社会経験を積んだ後に「金融経済教育」や「中立的なアドバイザー」の「担い手」を志す人材の「学び直し(リカレント)」の場となることも期待できます。そうしたことが本格的に機能するまでの時間軸を考慮すると、国家戦略としての「金融経済教育」を担う人材育成の体系的かつ重層的な仕組み作りにすぐにでも着手することが「当面の課題」といえます。

国民全体に「金融経済教育」を浸透させる「仕組み」作り

 官民一体となって国民全体に「金融経済教育」を浸透させるには、高度な教育基盤の構築も欠かせません。政府と「学校、職場、地域」が一体となって取り組んだ事例として記憶に新しいのは「コロナワクチンの接種」です。当初、欧米に比べて周回遅れと言われましたが、数か月でキャッチアップできた背景には、日本の健康診断の優れた「仕組み」があります。大義名分と仕組み作りが表裏一体となるとき、日本社会は大きな推進力を発揮します。
 いま「ウェルビーイング(すべてが満たされた状態)」という用語が国内外で幸福度指標として定着しつつあり、日本政府も重要政策としてしばしば言及しています。ギャラップ社はその構成要素を「キャリア、ソーシャル、ファイナンシャル、フィジカル、コミュニティ」の5つに分類しています。フィジカルが「心身の健康」、ファイナンシャルが「お金の健康」に関する領域で、「お金の健康」が「ウェルビーイング向上」の礎の1つであることが解ります。そう考えますと、日本が先行している健康診断の仕組みをモデルに「お金の健康診断」として「金融経済教育」を国民全体に浸透させるという「仕組み」が有効なアプローチになります。また、一人ひとりの状況を「お金の健康診断」として継続的に計測し、その診断結果も踏まえて専門的なアドバイスを受けられる「相談窓口」を設置することがインフラとして欠かせないものとなります。

 三井住友トラスト・資産のミライ研究所では「金融リテラシー度」を診断する「資産のミライ健康診断」というツールを作成しています。同研究所が実施したアンケート調査で、この診断結果と「何のために働いているか」という質問に対する回答をクロス分析したものが(図表1)です。
 年収区分によらず「金融リテラシー度」が良好なほど「お金のために働く」という回答が減少していることが解ります。これらに相関関係があるということならば、「働き甲斐」を感じて欲しい企業にとり、同じ年収水準でも従業員の「金融リテラシー度」を向上することができれば、「働き甲斐」を感じる従業員の割合の増加が見込めることになります。「金融経済教育」を浸透させる「仕組み」作りを後押しするという意味では、このような「金融経済教育」の副次的な効果に関する研究、データ集積や分析に注力していくことも極めて重要であると考えています。

図表1 「金融リテラシー度」と「働き方」の関係

 今回は、「金融経済教育」の「担い手育成」や「基盤整備」の方向性などについて考えてみました。次回コラムでは、「金融リテラシー度」の向上がもたらす効用について、もう少し詳しく確認してみるとともに、これら課題に対して金融機関や政府が果たすべき役割について考えてみます。

※本コラムの見解・意見に係る部分はすべて筆者個人のものであり、所属する組織の見解を示すものではありません。


井戸 照喜 上席理事 資産形成層(職域)横断領域

1989年 東京大学大学院 工学系研究科修了。住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社。企業年金制度の設計・年金ALM、運用商品の開発・選定等に従事後、2008年からラップ口座、投信・保険等の推進担当、トラストバンカシュアランス推進担当役員、2019年三井住友トラスト・ライフパートナーズ取締役社長、2022年資産形成層(職域)横断領域 副統括役員を経て、23年より現職。
22年より「老後資産形成に関する継続研究会 研究会委員」を兼任(公益財団法人 年金シニアプラン総合研究機構)。

日本証券アナリスト協会検定会員、年金数理人、日本アクチュアリー会正会員。

【主な著作】
『銀行ならではの“預り資産ビジネス戦略”──現場を動かす理論と実践』(金融財政事情研究会、2018)、
『安心ミライへの「金融教育」ガイドブックQ&A』(金融財政事情研究会、2023)(共著)

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