【第67回】ファイナンシャル ウェルビーイング(FINANCIAL WELL-BEING)とは? ①

ファイナンシャル ウェルビーイングが日本で注目され出している背景

2022.08.03

ファイナンシャル ウェルビーイングが日本で注目され出している背景

 最近、ファイナンシャル ウェルビーイングという言葉を耳にする機会が増えてきましたが、この背景には「先進国では、住宅価格や教育費などの生活費が上昇する一方、社会経済を支える中間層の所得は伸び悩み、経済的なストレスや不安が高まっている。そうした中、経済的健全性を確保し、将来の安定を図るFinancial Well-beingという概念が注目」(SOMPO 未来研レポート「Financial Well-beingと金融機関の取組」)されてきているということがあるようです。

 日本でもファイナンシャル ウェルビーイングが注目されだしている背景には、「個人の生活設計の変化」と「企業を取り巻く環境の変化」ということもあるのではないかと考えています。

 「個人の生活設計の変化」では、「昭和」「平成」「令和」という時間軸で考えてみると、やはり価値観やライフスタイルの多様化、ということが大きいのではないかと考えています。「昭和」のライフスタイル(夫婦と子供2人、世帯主の夫と専業主婦が「標準家庭」)から、「平成」を経て「令和」となった現在では、ご夫婦で働くことが当たり前となる一方で、ずっとシングルの方、同性パートナーと過ごす方など、まさに多様なライフスタイルが一般的となってきています。

 また、このような変化と同時に進行している「人生100年時代」ということも、大きな影響があると思えます。少し脇道にそれますが、現在、50歳代以上の世代は、サザエさんのような「波平は54歳、会社定年は55歳、平均寿命は60歳ぐらい、しかも3世代同居」というライフスタイルを見て育ってきた訳ですが、この設定のように「セカンドライフが5年ぐらいで3世代同居」ということならばセカンドライフを強く意識することもなかったのかもしれません。しかしながら、お勤めの方の場合、これから定年を迎える50歳代の社員の定年年齢は60歳か65歳ぐらい、それに対して「人生100年時代」と考えると、セカンドライフは40年か35年となり、30年以上も伸びている、そういう時代の変わり目であるということを意識する必要があるように思えます。

 日本では、セカンドライフの期間が大きく伸びている一方で(家庭内での)世代間の補完関係は希薄化しており、更に「昭和」の標準家庭といったようなモデルパターンがなくなっていることも背景として、お一人お一人がご自身の価値観やライフスタイルに応じて「将来のライフイベントを適切に把握し、賢い意思決定により、お金に関する不安を解消させ、未来に向けて自律的に行動できる状態」(ファイナンシャル ウェルビーイング)であることの重要性が高まってきているという側面があると考えています。

 「企業を取り巻く環境の変化」では、定年延長への対応が「待ったなし」となってきており、その「定年延長」には「健保財政の悪化」という副作用に繋がる可能性が高まるといった側面もあります。最近では40~50歳代でのキャリアップを伴う転職の増加が目立つなど、働く期間が長くなったゆえの「優秀な人材の確保」も喫緊の課題となってくるなど、生き生きと長く働いてもらえる環境整備が企業の大きな課題になってきています。

 更に、投資家サイドでも、変化が激しい時代の中で付加価値を生み出す人材育成(リスキリング等)に経営として真正面から取り組んでいるか、すなわち「人的資本への投資」に関する注目度がアップしてきており、この「人的資本への投資」の状況を統合報告書に掲載する企業も増えてきています(ご参考:SMTHの統合報告書 P52~61 人材戦略)。

 そう考えると、社員の「ファイナンシャル ウェルビーイング向上」への取組みは、企業の人事ラインだけの問題ではなく「経営課題そのもの」へとクローズアップされてきていると言えますし、金融機関に対しては「個人の金融リテラシーの向上と資産形成行動を支援すること」が、より強く期待されているのだと考えています。

 次回は、もう少しかみ砕いて「ファイナンシャル ウェルビーイング」とはどういう状態か、それを向上させていくためのポイントは何かについて考えてみます。

プロフィール紹介

執行役員 資産形成層(職域)横断領域 副統括役員
井戸 照喜

 1989年 東京大学大学院工学系研究科修了、同年住友信託銀行入社(現・三井住友信託銀行)。
 年金信託部で企業年金の制度設計・年金ALM等に従事。その後、運用商品の開発・選定、年金運用コンサルティング等に従事。2008年からラップ口座の運用責任者。2013年から投信・保険・ラップ口座等の「預り資産ビジネス」全体を統括する投資運用コンサルティング部長を務め、2018年に(銀行ビジネスと保険ビジネスを信託銀行らしく融合させる)トラストバンカシュアランス推進担当役員。2019年5月に三井住友トラスト・ライフパートナーズ株式会社取締役社長。2022年4月から現職。
 日本アナリスト協会検定会員、年金数理人、日本アクチュアリー会正会員。

【主な著作】
『銀行ならではの“預り資産ビジネス戦略”──現場を動かす理論と実践』(金融財政事情研究会、2018)

【執筆協力】
『安心ミライへの「資産形成」ガイドブックQ&A』(金融財政事情研究会、2020)

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