【第87回】
2023.01.04
前回のコラムでは、職場における金融教育が企業にとっても重要かつ有効であることについてお伝えしてきました。
今回は「職場×金融教育」の最終回として、投資家の視点などから眺めつつ、現在の企業の取り組み状況のご紹介や今後の方向性について考えてみたいと思います。
昨今の企業投資をめぐる環境は、「利益を上げている企業」=「投資される企業」とは結びつかない構図になってきています。かつては企業価値の源泉は有形資産(モノ)でしたが、グローバルな潮流で無形資産に拡大されています。このような産業構造の変革において、「イマ出している利益」だけではない「サステナブルな企業価値」が投資家から問われています。
その企業価値向上の観点において重要な位置づけとされているのが“人材戦略”です。企業の付加価値の根幹は「人」と位置付けられ、企業においては設備投資など「モノ」への投資だけでなく「人材への投資」も重視されつつあります。この考え方の指針とも位置付けられている、2020年に経済産業省から発表された「人材版伊藤レポート」には、このように記載されています。
この価値観の転換により、人材戦略も、人事部による「管理」という考えから、人材の成長を通じた「価値創造」という経営戦略へとシフトし、人材に投じる資金は価値創造に向けた「投資」とみなさるようになってきています。
さらに、この人的資本の最大化に向けた取り組みとして注目されているのが、従業員の“ウェルビーイング(Well-being)”向上です。“Well-being”向上への取り組みが、企業において人的資本の強化になり、また投資家からは昨今のESGの“S(Social)”の観点で注目されています。こちらも2022年に経済産業省から発表された「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営に向けた取り組みの工夫として、下記を挙げています。
これらの報告書は、企業の人材戦略を策定し実行する経営陣、経営陣を監督・モニタリングする取締役会に加えて、機関投資家のエンゲージメント活動にも参照されることを期待されている内容とされています。
また、日本における直近の行政の動きをみると、金融庁から下記のパブリックコメントが発出されているように、投資家に開示する有価証券報告書等に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、人的資本に関する開示も追加の流れとなっています。(「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について:金融庁 (fsa.go.jp))
実際に国内外の投資家は、人的資本強化の重要性を訴求しています。世界最大級の機関投資家であるブラックロック社のCEO/ラリー・フィンク氏は、過去に自身の企業向けレターの中で、下記の趣旨を綴っています(Letter to CEO 2019 企業理念と収益)。
このように、退職後に向けた準備に関するサポートも含めた人的資本経営に対する評価姿勢を問うていることがわかります。
さて、前回コラムでお伝えの通り、人的資本強化の中においては、従業員のFinancial Well-being向上に向けた取り組みに有効性がありそうなことを示しました。では現在、従業員への金融教育支援はどのように行われているのでしょうか。金融庁で金融研究センターのレポートに、各種の金融教育機会が取りまとめられています。(金融リテラシーと家計の消費行動 P.37~)
主要な機会としては、
などが挙げられます。特に①の投資教育は、2018年のDC法改正により従業員への継続投資教育が法令上“努力義務”となったこともあり、取り組みが進んでいます。DCの導入企業は2021年3月末時点で約4万社、加入者数は750万人(確定拠出年金制度|厚生労働省 (mhlw.go.jp))ですので、投資教育の機会が従業員の資産形成支援につながる貴重なチャネルであるといえます。その他、ライフプランセミナーなどを企業が実施したり、社内FPに相談することができたり、様々な形で従業員のFinancial Well-being向上に向けた取り組みが行われているといえます。
一方で、実際に社会人の金融教育受講経験は第83回コラムに記載の通り、1割程度にとどまっているのが実情であり、まだまだ道半ばといえます。
今後は、個人・企業・投資家を取り巻く環境変化により、個人においては多様化する価値観と長寿化などの影響、企業や投資家は、上記の通り従業員の資産形成支援によるFinancial Well-being向上が人的資本強化にもつながることから、取り組みの強化と開示の促進による好循環が生まれていくのではないでしょうか。