【第229回】老後資金を考える 〜不安の正体と備え方〜 ①
2026.03.11
老後資金に対する不安は、世代を問わず多くの人が抱えている悩みです。三井住友トラスト・資産のミライ研究所(以下、ミライ研)が実施した「住まいと資産形成に関する意識と実態調査」(2025年)では、老後資金に不安を感じている人の割合が全世代で高い水準にあることが明らかになりました。
では、なぜ私たちは老後資金に対してこれほどまでに不安を感じるのでしょうか。今回は、株式会社オフィス・リベルタス代表取締役で確定拠出年金アナリストの大江加代さんをお迎えし、三井住友トラスト・資産のミライ研究所の清永遼太郎が、老後資金への不安の正体と、その解消に向けた考え方について語り合いました。
清永遼太郎(以下、清永):ミライ研の調査では、若い世代に限らずどの世代でも「老後資金が不安」という回答が非常に多いという結果が出ています。そこで、なぜ不安なのかという理由も深掘りしたところ、「年金額の水準がわからないから」「年金が貰えるかどうかがわからないから」「老後の生活費の水準がわからないから」といった理由があがってきました。


大江加代さん(以下、大江):いずれも「わからない」が理由ですよね。その背景には3つのことがあると考えています。
まず一つ目は、単純に「経験したことがないから」です。今30代や50代の方が、かつて80代だったことはありません。老後をリアルに経験していない以上、わからなくて不安に感じるのは、当然のことだと思います。
二つ目は、面倒なことの先送りです。本来なら「わからないなら調べてみればいい」はずです。しかし、そうならないのは老後のような遠い将来のことは過小評価する傾向が人間にはあります。行動経済学で「時間割引」といわれるものです。やらなければいけないとわかっていても、先送りしてしまうのです。
そして三つ目は、老後の暮らしを相当支えてくれる公的年金に対してのネガティブなイメージです。「年金は当てにならない」「もらえないのではないか」といった悪いイメージが、制度を知るという自分にとってプラスになる行動をおっくうにさせてしまっているのではないか、と感じています。誤解に基づいた思い込みも多く、知らないことで不安を大きいままにしているのは非常に残念だと感じています。
清永:保有資産が決して少なくはない、いわゆる「中くらい」の層の方も、老後に対して悲観的な傾向があることがわかっています。そういった方は「なんとかなるだろう」と思っている一方で、不安も抱えているようです。
国の年金制度が複雑で、学べばわかるとはいえ、理解しにくい。また、人口の動態だけを見ると、どうしても悲観的になりがちです。よくよく調べればそれほど絶望的な状況ではないのですが、蔓延している悲観論を払拭するのは簡単ではありません。
大江:今までずっと、そのような空気感の中で過ごしてきましたからね。私たちのように仕事として学ぶ立場の人間は別として、一般の方が複雑な仕組みをすべて学ぶ必要はありません。「いつ、いくらもらえるのか」さえわかればいい、と割り切ってしまってもいいと思います。
清永:確かにそうですね。社会構造の変化を憂いて自分に投影しすぎる必要はありません。自分の個人のライフイベントの中で、年金がどう位置づけられるかがわかっていれば十分なはずです。
ただ、今の20代や30代は「もう公的年金には頼れない、自助努力しかない」という前提が強く刷り込まれています。内閣府の調査でも「自助が必要」と考える人が4人に1人という結果が出ており、投資への関心も高まってはいますが、NISAの利用率も若年層で3割程度に留まっています。「自助」と言っても、実際に準備できていない人も多いのが現実です。

大江:仰る通りでNISAなどを使って自助をしっかり準備できる人ばかりではありません。若者にとっては、老後のような将来のことだけはなく、今の暮らしや楽しみも大切です。大学生に聞くと、親世代が間違った思い込みをベースに子供に対して「あんたたちの世代はかわいそう」ということはよくあるようです。こういった形で必要以上に不安を増幅させ委縮させ、現在の暮らしを圧迫するような「自助」ではなく、将来の暮らしに豊かさを加えていくためにできる範囲で「自助」も少しずつ準備していくのが理想ではないでしょうか。
清永:年金の話は尽きませんが、先ほどのお話にあった通り、経験したことがない老後のビジョンは描きにくいものです。かつ、現代は長寿化が進み、上の世代よりも自分たちの世代のほうが大変ではないか、インフレも起きている、といった不確定要素が増えています。かつての「老後2000万円問題」のような話が、悲観論をさらに上乗せしている状況ですね。
大江:あとは、働き方の多様化も影響しています。終身雇用の時代はモデルや平均で語れた退職金や年金が、それでは当てはまらない方が増えました。自分のケースを自分で把握する必要性が高まり、その分簡単に捉えにくくなっている側面はあると思います。
では、こうした不安を解消するためには、どのように考えればよいのでしょうか。ミライ研では、老後資金の考え方について、一つのイメージを提示しています。

清永:これ自体は、あえて「ストック(資産残高)」の形で示していますが、本来、資金計画は「フロー(収支)」から考えないと難しい部分があります。ただ、正確な数字は誰にも予測できません。統計データを自分に当てはめて計算しても、自分にとっての意味が薄くなってしまいます。
“予測”は誰にも立てられませんので、「わからない」と立ち止まるのではなく、わからないなりに「もしこうなったら」という“想定”をすることが大事です。
大江:おっしゃる通りです。よくある誤解として「老後資金はすべて自分で準備しなければならない」と思い込んで、その額の大きさに絶望してしまう人がいます。しかし、実際には公的年金などの「もらえるお金」があります。そこを踏まえてリタイア時に自分で準備しておきたい資金額を考えるのが基本です。
清永:ある程度「だいたいこれくらい」というのがわかるだけでも、非常に大事なことですよね。

大江:そう思います。そこが見えていない人があまりにも多い。もちろんインフレなどの変動要素はありますが、一度計算してみれば、必要額が1億円なのか数千万円なのかといった見当がつきます。
「あと500万円貯めればいい」「1000万円は必要だ」と、自分の手の届く具体的な数字で見えてくると、絶望的な「絶壁」だったものが、登りやすい「スロープ」に変わります。そうすれば、対策を立てようという前向きな気持ちになれるのではないでしょうか。
大江:全体の総額で考える方法以外に、引退後の暮らしが少しイメージできる50代ぐらいの方には、老後のお金を三つに分けて考える方法もご紹介しています。実はこれ、夫が定年後我が家で実践していた方法です。
一つ目は「日常の生活費」です。ここは公的年金と企業年金で賄うようにします。この先ずっと続いていく暮らしのベースになります。
二つ目は「楽しむためのお金」です。老後も働いて稼げるうちは、その収入を旅行などの楽しみに使います。「稼いだ分は使って大丈夫」と安心して楽しむことができます。
三つ目は「医療・介護など、万が一の備え」です。いつ来るかわからない大きな支出には、手元にある金融資産や会社の退職金を充当します。
このように「何のお金を、何に使うか」という出所と使い道を明確に分ける、老後版の「財産3分法」です。


清永:それは素晴らしい考え方ですね。資産をいつ、どのタイミングで、どれくらい取り崩していいのかという判断は、口座が一つだと「どんぶり勘定」になりがちで非常に難しいものです。しかし、大江さんのようにはっきりと区別されていれば、自分の中で心理的な「口座」ができ、安心して生活水準を維持できます。見通しも立ちやすくなりますね。
大江:日常生活費を年金などの範囲内に収めることができれば、それ以外の楽しみには稼いだお金を安心して使えます。楽しむために働くことは働き甲斐にもつながります。若い方にはまだピンとこないかもしれませんが、50代ぐらいの方には手触り感があってイメージしやすいと好評です。
清永:私もそのイメージで伝えていきたいと思います。
「生活費を年金の範囲内に収める」と決めることで、一気に計画が具体化します。もっと楽しみたいならその分頑張って準備する、というように気持ちの整理もつきます。生きていくベースは年金として確保し、プラスアルファの部分を自分で準備しておく。それが不安の解消につながるかもしれません。
大江:一方で、今の30代や40代の方は、数回の転職を経験するのが当たり前になっています。終身雇用で22歳から60歳まで勤め上げ、最後に一括で退職金をもらう、という時代ではなくなりました。そうなると、転職のたびにもらう退職金の管理が非常に重要になります。
先ほどの老後のお金の3分法を想定するのであれば、以前の勤め先でもらった退職金を、しっかり引退まで自己管理しなければなりません。よく言われるように、NISAなどで運用しながら残し育てておく必要があります。
清永:そうですね。自分の家計の中に「退職金勘定」を設けて、意識的に管理していかなければなりませんね。
大江:最後のお勤め先だけでは、退職金が少なくなってしまう可能性があるからです。親世代とは状況が違うことを意識して対策しておく必要があります。
清永:私の周りでも、転職するたびに退職金で車を買ったり時計を買ったりしてしまう人がいます。どうしても「あぶく銭」のような感覚で使ってしまうんですよね。100万、200万といった金額だと、つい自分へのプレゼントやスペシャルボーナスの感覚で使ってしまうのでしょう。
大江:そこで使ってしまうと、いざ老後を迎えた時に「あれ、お金がない」ということになりかねません。転職の時には、気をつけて、安心老後につなげてほしいです。
対談者
大江 加代(おおえ かよ)
確定拠出年金アナリスト
株式会社オフィス・リベルタス代表取締役。大手証券会社に勤務していた22年間、一貫して給与所得者の積立による資産形成業務に携わる。2012年に独立し、資産形成、投資信託・確定拠出年金(企業型DC/iDeCo)・定年前後のライフプランをテーマとする講演を中心に執筆活動も行っている。金融経済教育推進機構 運営委員、厚生労働省 社会保障審議会 企業年金・個人年金部会 委員、日本年金学会やウェルビーイング学会の会員。

清永 遼太郎(きよなが りょうたろう)
三井住友トラスト・資産のミライ研究所 研究員
2012年に三井住友信託銀行入社。2015年より確定拠出年金業務部にて企業のDC制度導入サポートや投資教育の企画業務等を担当。2019年より大阪本店年金営業第二部において、企業年金の資産運用・制度運営サポート業務に従事。2021年から現職において、資産形成・資産活用に関する調査研究並びにコラムや書籍の執筆、セミナー講師を務める。2022-2023年 老後資産形成に関する継続研究会委員(公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構)。2024年度よりウェルビーイング学会ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会副座長。

著書
知らないと損する年金の真実【改訂版 2026年新制度対応】
ワニブックスPLUS新書|大江 英樹 (著)、 大江 加代 (著)
日本人の多くが勘違いしていた「年金」の真実を明らかにし、大反響を呼んだ新書の改訂版。
新たに法改正の時期を迎えた年金制度の解説など、大幅に加筆修正しました。
・年金受給は「繰り上げ」「繰り下げ」どっちが得する?
・65歳以上で働いていても年金は減らない?
・今の現役世代は年金を払うと損するの?
・公的年金は増やすことができる?
など、年金制度に何となく疑問を持っている、まもなく定年を迎える、老後のお金で失敗したくないなど、多くの方にとって必読の一冊です。
