【第224回】
2026.02.04
公的年金が受け取れる年齢になっても給料を受け取って働いている場合に、年金額が減らされるルールがあります。これを「在職老齢年金」といいます。年金が受け取れる話かと思いきや、年金が減らされる話です。なんだか変なネーミングですね。どうしてこんなことになっているのでしょう。
第二次世界大戦後の1954年にさかのぼりましょう。当時の厚生年金保険は、「退職したら年金を受け取る」 という仕組みでした。そのため、働きながら年金を受け取れる仕組みにはなっていませんでした。
1965年の改正によって、65歳以上で働いている人には、「働きながらでも一部は年金を受け取れる」 ようにしようということになり、本来の水準の8割だけ支給することになりました。これが、「在職老齢年金」の始まりです。つまり、基本のルールでは年金が受け取れない人にも、全額ではないけれど一部は年金を受け取れるようにしようとしてスタートした制度だったのです。
その後、1985年の改正で厚生年金保険は65歳までということになりました。つまり、65歳以上の人は制度上は現役ではない扱いとなり、「働きながらでも年金が全額受け取れる」 ようになりました。
少し時が経過して2000年。少子高齢化を乗り切るため、厚生年金保険は70歳までに延長されました。このとき、65歳以上の人にも再び「在職老齢年金」の制度が当初とは少し形を変えて復活してしまうことになります。つまり、65歳以上で働いていると、これまでは満額受け取れていたのに、「働いていると年金が減らされる」 仕組みとして戻ってきてしまいました。基本的には、この2000年当時の仕組みが現在まで残っていることになります。
では、具体的にはどのように年金額が減るのでしょうか。公的年金には1階部分の基礎年金と2階部分の厚生年金がありますが、厚生年金限定の話です。賃金と老齢厚生年金の合計が基準値を超えていると、超過した額の半分が支給されないというルールになっています。例えば、賃金が46万円、厚生年金が10万円、基準値が51万円であれば、46万円+10万円=56万円ですから、基準値51万円を5万円超過しています。すると、5万円の半分の2.5万円は年金が減らされてしまいます。極端な場合、賃金だけで61万円あると、基準値を20万円超過しますから、10万円の厚生年金が全く受け取れないことになります。なお、賃金はボーナス込みの年収を月額換算して考えます。
老齢年金は65歳から受け取るのが基本ではありますが、60歳から75歳までのいつ受け取り始めてもよく、受け取り始めるのを遅くすれば月あたり0.7%ずつ年金を増やせます。この手法を使って在職老齢年金のダメージをうまく回避できそうに思われるかもしれませんが、残念ながらそうなっていません。
例えば、先程の賃金46万円、厚生年金10万円の人の場合を考えてみましょう。通常は、65歳で10万円の厚生年金は、70歳から受け取るなら42%増の14.2万円になるはずです。しかし、この42%増は、在職老齢年金によって減らされた2.5万円は除いて計算するということになっています。つまり、在職老齢年金で減らされてしまった分は、後から取り返すこともできないのです。「働いていたら年金を受け取っていなくても年金を減らされる」 仕組みになってしまっていますね。
さて、51万円という基準値は2025年度の数字ですが、男性の平均的な賃金水準から設定されていて、毎年度更新されています。これぐらいの稼ぎがある人は厚生年金がなくても生きていけると思われているということなのでしょう。しかし、納めた保険料に見合った年金が満額払われないのは理不尽な感じもします。実際、年金が減らないように時間を調整して働こうという気持ちにもなる人も出てきそうです。企業からしてみても、どうせ高齢者にたくさん賃金を払っても年金が減るのであれば、あまり賃金を払わないでおこうとなるでしょう。
そこで、2026年4月から在職老齢年金の基準値が大幅にUPすることになりました。2026年度の基準値は、なんと65万円です。この65万円は、50代水準の賃金を得ながら年金を受け取ることを念頭に設定されていて、全年齢平均で設定していた51万円よりも大きく引き上がりました。

賃金と厚生年金の合計で65万円までは年金が減らされないとなると、多くの人は在職老齢年金のことを気にする必要はなくなるでしょう。これからは、「働きながらでもしっかり年金が受け取れる」時代になりそうですね。

コラム執筆者
杉浦 章友(すぎうら あきとも)
三井住友トラスト・資産のミライ研究所 主任研究員
2010年、京都大学大学院理学研究科修士課程修了。三井住友信託銀行に入社し、企業年金の制度設計・数理計算業務に従事。厚生労働省へ出向し年金に関する公務に従事。2022年10月よりミライ研主任研究員。年金数理人、日本アクチュアリー会正会員、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、1級DCプランナー(企業年金総合プランナー)、AFP、日本年金学会会員、ウェルビーイング学会会員。『図表でみる世界の年金OECD/G20インディケータ(2019年版)』(明石書店、2021年、岡部史哉(監修)らとの共訳)、『人的資本経営時代の退職給付制度』(金融財政事情研究会、2025年、三井住友信託銀行・年金研究センター著)などを執筆。
